レストラン オースティン

ストーリー


愛する人との結婚を描き続けるジェイン・オースティン

今も昔と変わらず、イギリス国民はもとより世界中で愛される、18世紀イギリスの女流作家「ジェイン・オースティン」。1775年、ハンプシャーの田舎町”スティーブントン”で、裕福な牧師夫婦の次女として生まれ、ジェインと名付けられた女の子は、15才の時にはすでに家族を楽しませる小説を書いていたといいます。代表作はすべて、小さな田舎町の名家家族の日常を描き、さまざまな出来事の中で、本当の「愛」を学んで行く女性たちが主役。登場するのは男女ともに不器用で早とちりだけど、素直で純粋な若者たちです。

相続権が男性に優先され、女性が財産を保つのは難しかった時代。女性にとって裕福な結婚はどうしても必要なことであったと言います。その結婚が、本当に愛する男性との恋愛結婚であればどんなに幸せなことか。ジェイン・オースティンの6つの物語は、ひたすらに愛する人との結婚を描き続けているのです。ジェインの描く女主人公たちは、みなとても前向きで、愛する男性を自らの力で引き寄せ、幸運をつかんでいます。
1809年、ジェインは母親、姉カサンドラとともに、田舎町チュートンに移り住みました。兄エドワードからもらった小さな家「チュートン・コティッジ」は、真赤なレンガを積んだ木造りの二階屋。白い木枠の窓と白いドア、小さな可愛らしいガーデンが特徴でした。この小さなコティッジは、今ではジェイン・オースティンの資料館となり、世界中から人が訪れています。それでもまだチュートンは、当時と変わらない静かで安らかな田舎町です。

クリーキングドア

料理が大好きだったジェインは、いつもキッチンにいました。料理の合間にダイニングの窓から外通りを歩く人々を見ながら、物語を作っていったといいます。また、ジェインは自分が小説を書いていることを人に知られるのを嫌がり、一人で空想の世界にひたっているのが好きだったそうです。だから玄関とダイニングを隔てる小さな白い木の扉が「キィーッ」ときしんで開くと、必ずペンを置いたとか。「クリーキング・ドア」と呼ばれるこのきしむ白い木扉は、今もチュートン・コティッジの名物となっています。
ジェインはいつも愛と幸せを夢見ていて、それをハッピーエンドストーリーに書き続けました。が、1817年、わずか41才でその生涯を閉じてしまいます。それでもジェイン・オースティンの作品は、200年という時を超えて、今も世界中で愛されています。
「クリーキング・ドア」は、今もジェインの空想と現実をつなぐ、夢の扉のようです。

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